浮世絵で見る芝・品川

第5回 芝うらの風景〜その1

語り手:大江戸蔵三
都内の某新聞社に勤める整理部記者。三度のメシより歴史が好きで、休日はいつも全国各地を史跡めぐり。そのためか貯金もなく、50歳を過ぎても独身。社内では「偏屈な変わり者」として冷遇されている。無類の酒好き。

聞き手:品川なぎさ
都内の某新聞社に勤める文化部の新米記者。あまり歴史好きではないのだが、郷土史を担当するハメに。内心ではエリートと呼ばれる経済部や政治部への異動を虎視眈々と狙っている。韓流ドラマが大好き。

ウナギがダメなら芝エビでも…

あ〜、ウナギが食いたい…。



食べればいいじゃないですか。もうすぐ「土用の丑の日」でしょ。


簡単に言うなよ。ワタシが食べたいのは、そんじょそこらのウナギじゃない。国産の天然物だ。これがまた、今年は出回ってこない。仮にあったとしても、目ん玉が飛び出るほど高い。

輸入品で我慢すればいいじゃないですか。



中国産はまだしも、アフリカ産なんてのは御免被るね。きっとウナギじゃなくて、細長いナマズとかドジョウの化け物に違いない。

あ〜あ、また始まった。ついていけない話題。



だいたいウナギなんてのは、江戸城の拡張工事でたくさん湿地帯ができたから、そこにウジャウジャ住み着くようになって、江戸時代前期にはバカみたいに獲れたんだ。脂が多くて精がつくってことで、ウナギの焼いたのは、当時の肉体労働者が食べるジャンクフードだったんだ。

その頃も今みたいな調理法だったの?



今の蒲焼きスタイルは将軍吉宗の頃から。当初はぶつ切りにして焼いただけ。これが蒲の穂に似てるから蒲穂焼き、長じて蒲焼きになった。ウナギはそばや天ぷらと同じ屋台料理で、値段も似たようなもんだった。

それが今じゃ数千円かぁ。ワタシはそんなにウナギ好きじゃないからいいけど…。


この際、ウナギがダメならアナゴでもいいや。アナゴならまだ江戸前があるからね。


あはは。蔵三さんと同じような考えの人が多いから、スーパーでもアナゴが売れてるみたいよ。ところで、以前から疑問だったんですけど、江戸前ってどういう意味?

本来は江戸城の前で獲れた魚介ってこと。だからウナギも純粋な江戸前だった。江戸時代にはもっぱら品川界隈の海で獲れたものをそう呼んでいたようだけど、今は漁場がないから、東京湾全体で獲れたものを指すらしいね。芝浦なんてのは素晴らしい漁場だったんだよ。今は面影すらないけど…。

それで今回のテーマになるわけね。広重の『江戸百景』から『芝うらの風景』(写真左)。


この絵はねぇ、厳密に言えば芝浦を描いているっていうわけじゃないんだよ。タイトルを正確に言うなら「築地の隅田川河口から芝浦をのぞむ」。右手に描かれているのは浜屋敷、今の浜離宮の石垣で、その奥が紀州徳川家の下屋敷、今の芝離宮だ。

左に描いてある杭のようなものは何?



澪標(みおつくし)といって、船が座礁しないように浅瀬との境界線を示すものだ。これは形を変えて今でもあるよ。

飛んでるのはカモメ?



ユリカモメだね。この頃は都鳥なんて呼ばれてた。澪標とユリカモメの群れを大きさを変えて配置することで遠近感を出す手法は、広重の得意とするところだな。名所として浜離宮や芝離宮を描きたいけど、大名屋敷のお庭だから入れない。そこで「芝うらの風景」と題してさりげなく右手に描いたというのが広重の意図じゃないかな。

なるほど〜。増上寺の時と同じね。



左手奥の方に、中途半端な島のようなものが見えるだろ。あれは多分お台場だな。ペリーの黒船が来てから、幕府があわてて品川の御殿山を削って、迎撃用の大砲を置くための島を埋め立てた。

お台場って、大砲を置くための場所だったんだ。


結局使われなかったけど、かろうじてペリーが品川まで来ることだけは阻止できた。警戒して迂回したからね。まぁ、この絵からはそんな緊張ムードは感じられないけどね。

いろんな舟が行き来して、なんかホンワカムードよね。


物流の舟も多いけど、漁船も多かったと思うよ。何しろ、芝浦で獲れる小魚は「芝肴(しばざかな)」なんて言われて人気が高かった。芝エビなんてのは、芝浦で獲れたから付いた名前だ。かき揚げにして一杯やったら堪らんよ。

じゃあ芝浦は、江戸時代は結構賑わった漁村だったの?


そうだよ。『御府内備考』には「海上の番船であるとか城米引舟の役などを引き受け、海岸よりの網干城、漁村として下賜されていた」なんて書いてある。全域がほぼ干潟だけど、今の田町駅の東側には「芝浜」という砂浜もあった。「芝浜」って言えば何か思い出すだろ。

別に…。



何だよ、キミは沢尻エリカか? 「芝浜」と言えば代表的な古典落語じゃないか。とりあえず、この「芝浜」をやらせたらピカイチだった3代目桂三木助の名演を聞いてみなさいよ。話はそれからだな。
<この続きは次回。8月8日に掲載します>


3代目桂三木助の名演「芝浜」(昭和29年録音)→

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